大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和30年(ヨ)1383号 判決

債権者 東北興業株式会社

債務者 東北亜鉛鉱業株式会社

主文

1、債権者が債務者に対しこの判決言渡の日から三日内に保証として一〇〇万円を供託することを条件として、債務者が昭和三〇年二月二五日の取締役会決議に基き現に手続中の記名式額面普通株式六〇、八〇〇株の発行を仮に差し止める。

2、申請費用は債務者の負担とする。

事実

一、申請の趣旨

「債務者会社は、昭和三〇年二月二五日の取締会決議に基き現に発行手続中の記名式額面普通株式六〇、八〇〇株の発行をしてはならない。」

との判決を求める。

二、申請の理由

(一)  債務者は、鉱物処理による酸化亜鉛及び硫酸製造並に売買を主たる目的とする資本の額八、二八〇、〇〇〇円、一株の金額五〇円、発行済株式の総数一六五、六〇〇株、発行する株式の総数三二〇、〇〇〇株の株式会社である。

(二)  債権者は、債務者会社の一二〇、〇〇〇株の株主である。すなわち、

(1)  債権者は、債務者会社の別紙目録〈省略〉記載の株式四〇、〇〇〇株の株主であつたところ、昭和二六年三月一〇日右株式を申請外東北肥料株式会社に代金一株について八〇円の割合合計三、二〇〇、〇〇〇円で譲渡し代金及び株券の授受を了した。而して右株式譲渡契約には債権者会社の監督官庁である建設省の認可をうることができない場合にはこれを無効とする旨の特約が附されていたところ、同年七月三〇日右契約認可申請が同省によつて却下せられたため、即日右契約は無効となり、右四〇、〇〇〇株の株主権は、東北肥料から、債権者に復帰した。しかるに、東北肥料は、別紙目録記載のとおり、申請外蓬莱鉱業株式会社に右株式のうち二〇、四〇〇株を、同東肥産業株式会社に同じく一九、六〇〇株を各譲渡し、その旨名義書換を了し、更に右蓬莱鉱業は右譲受株式のうち三、〇〇〇株を申請外阿部直之に、右東肥産業は右譲受株式のうち一、〇〇〇株を申請外久保祐三郎にそれぞれ譲渡してその旨名義書換を了し、ついで、右阿部直之は右譲受株式三、〇〇〇株を、右久保祐三郎は右譲受株式一、〇〇〇株をそれぞれ申請外内藤英雄に譲渡してその旨名義書換を了した。しかも、右内藤英雄においてその譲り受けた四、〇〇〇株の株券を所持するほか、爾余の三六、〇〇〇株の株券は依然東北肥料において所持している。

而して、前記東北肥料、蓬莱鉱業、東肥産業、阿部、久保、内藤らの間における各株式譲渡は、債権者の前記株式四〇、〇〇〇株の返還請求を困難ならしめるため第三者による善意取得を仮装した行為であつて、この間真実の株式移転の効果を生じていない。仮にしからずとしても蓬莱鉱業以下の各取得者はいずれも前記のように本件株式が債権者の権利に属することを知つて右各株式を譲りうけた者であつていわゆる悪意の取得者である。債務者会社も亦此の間の事情を熟知して右各名義書換をした者である。して見れば右申請外人等は各その譲受けた株式につき株主権を取得するに由なく、債権者は、前記株式四〇、〇〇〇株につき依然株主権を保有し、債務者会社に対しては、右株式につき現に株主名簿上の名義を有してはいないけれども株主として対抗しうるのである。

(2)  而して、債務者会社は、昭和二六年一一月二七日の株主総会において発行する株式の総数を従来の八〇、〇〇〇株から三二〇、〇〇〇株に増加し、ついで、翌二七年三月五日の取締役会において新株(額面普通株式)一六〇、〇〇〇株(一株の金額五〇円)発行の決議をなし、同年四月五日午後四時現在の株主に対し旧株一株について新株二株の割合で割り当てること、その発行価額五〇円、払込期日を同月一六日として発行することを定めたので、債権者は別紙目録記載の株式四〇、〇〇〇株の株主として右取締役会決議に基づき、八〇、〇〇〇株の新株引受権を有するにいたつた。よつて債権者は債務者会社に対し右新株八〇、〇〇〇株について商法第二八〇条の五第一項に定める通知を求め、且つその株式申込証二通の交付を求める権利を有するのである。(もつとも、債権者は債務者会社の右新株発行に当り、別紙目録記載の四〇、〇〇〇株中前記(1) 記載のとおり阿部及び久保名義に書換られた合計四、〇〇〇株を除く爾余の三六、〇〇〇株につき新株割当停止の仮処分を申請しその旨の決定をえたので、右新株中七二、〇〇〇株についてはその発行がなかつたけれども、久保及び阿部名義の四、〇〇〇株については新株八、〇〇〇株の割当発行がなされた。)

(3)  以上の次第で、債権者は債務者会社に対し(1) に述べたところにより四〇、〇〇〇株、(2) に述べたところにより八〇、〇〇〇株、合計一二〇、〇〇〇株の株主である。

(三)  債務者会社は、昭和三〇年二月二五日の取締役会において、記名式額面普通株式六〇、八〇〇株を発行することを決議し、右決議において、発行価額一株につき五〇円、新株のうち四九、六八〇株は昭和三〇年三月三一日現在の株主に対しその所有株式一株に対し、〇・三株の割合を以て割り当て爾余の一一、一二〇株は定款第七条第二項に基づき割り当てる、但し割当に際し生じた一株以下の端数株式はこれを切捨てること、申込期間は昭和三〇年五月六日から同月九日まで、払込期日は同月一二日、申込期日までに引受のない株式並に割当に際し一株以下の端数株式の切捨によつて生じた株式の処分その他新株式発行に必要な一切の事項は今後の取締役会で決定すること等を定め、これを各株主に通知した。(以下本件新株発行という。)

(四)  さて、本件新株発行は、以下述べるとおりの理由により法令若は定款に違反し又は著しく不公正なる方法若は価額に依る新株の発行であるといわなければならない。

(1)  債権者は、前記(二)の(1) 及び(2) の事実関係にもとづき債務者、東北肥料、蓬莱鉱業、東肥産業、阿部、久保及び内藤を相手方として東京地方裁判所に訴訟を提起し、昭和二七年(ワ)第七、六〇三号事件として審理され、同三〇年二月四日、債権者と債務者、蓬莱鉱業及び東肥産業との間において債権者が別紙目録記載の株式四〇、〇〇〇株について株主権を有することを確認し、現にその株券を所持する東北肥料及び内藤に対しこれを債権者に返還すべきことを命じ、且つ、債務者が債権者に対し前記(二)の(2) 記載の昭和二七年三月五日の取締役会決議に基いて発行する新株七二、〇〇〇株について商法第二八〇条の五第一項所定の通知をなし、その株式申込証二通を交付すべきことを命じた判決がなされた。

(2)  しかるに債権者は前記(二)の(2) 記載のとおり債務者会社昭和二七年三月五日の取締役会決議に基く新株発行については八〇、〇〇〇株の新株引受権を有する者なのであるから、右昭和三〇年二月四日の判決において請求を認容された七二、〇〇〇株を除く残りの八、〇〇〇株については目下東京高等裁判所に控訴中である。

(3)  さて、債務者会社の取締役会(その全員が東北肥料の役員であるから、債務者会社が東北肥料のかいらいに過ぎないことはこの点からも窺われる。)は、前記東京地方裁判所の判決が確定し、債権者が債務者会社の株主名簿上にも株主として復活する場合を予見し、右判決の直後において、東北肥料のために債務者会社の株主総会における過半数を確保するため、ここに本件新株発行をしようとするものに外ならない。

すなわち、債務者会社株式の分布状態を見るに、前記判決確定の暁は債権者会社系の株式は、債権者会社の前記一二〇、〇〇〇株に加うるに申請外金子千尋の一〇〇株及び同塩島礼三の七〇〇株合計一二〇、八〇〇株であるに対し、東北肥料系の株式は一一六、八〇〇株であつて債権者会社系が過半数を占めることになる。ここにおいて債務者会社取締役会は、今回発行さるべき新株式六〇、八〇〇株中その約二割に相当する一一、一二〇株を縁故割当の名の下に東北肥料の関係者に与え、以て債権者の過半数株主たる地位を奪取しようとするものであつて、かくの如く、取締役が株主総会における多数を獲得するためこれに必要な株数を自己の一派の者のみに引受させようとするのは商法第二八〇条の一〇にいわゆる著しく不公正なる方法による新株の発行であるというべきである。

ことに、右一一、一二〇株の縁故割当なるものは、定款第七条第二項に基き債務者会社の役員従業員相談役顧問及びこれらの職にあつた者に対し割り当てることになつているが、かかる割当をするにつきその理由、割当をうけるべき者の氏名及びその株数が明白にされていない。しかるところ、最近法制審議会によつて公表された「商法の一部を改正する法律案要綱第三」によれば、新株発行に際し新株引受権を株主以外の者に与えることによつて行われる不正を防止するため、「新株引受権を株主以外の者に対して与えるには、株主総会の特別決議によりその者に与えるべき株式の額面無額面の別、種類、数および発行価額を定めなければならないものとすること、この場合においては特にその者に対し新株引受権を与えなければならない理由の開示あることを要するものとすること。」との趣旨の規定を設けるべきであるとしている。このような法律改正の動向をも考え合せるときは、本件新株発行における新株の割当は、全く債務者会社取締役会の恣意によるものでその権限の濫用に外ならず、著しく不公正なる方法による新株の発行である。

(4)  次に、本件新株の発行価額について考えてみるに、債務者会社は本件新株を一株五〇円の価額で発行しようとするものであるが、債権者と東北肥料との間で昭和二六年三月締結された株式譲渡契約によれば、債務者会社株式は一株八〇円の割合で売買されているし、内藤英雄は昭和二八年六月に一株六一円の割合で一五、〇〇〇株を買いうけている。而して、昭和二六年三月末以降同二九年九月末迄の債務者会社の一株当りの純資産額は最高六七八円最低三五八円であつて、株式の取引価額決定の因子として通常考えられるいかなる因子を考慮にいれても、債務者会社の株式の価額は、一株当り八〇円として高価に過ぎるものとは認められないから、これを五〇円で発行しようとする本件新株発行は、その発行価額において著しく不公正であるというべきである。

(5)  本件新株発行においては、債権者が株主権を有する別紙目録記載の四〇、〇〇〇株及び前記(二)の(2) 末段記載の債権者から新株割当停止の仮処分がなされなかつたため昭和二七年四月発行済となつた八、〇〇〇株については、現在の株主名簿上の名義人のいかんにかかわらず債権者に新株引受権を付与するべきであるのに、昭和三〇年二月二五日の債務者会社取締役会における本件新株発行の決議は債権者の右新株引受権を全く無視しているのであるから、本件新株発行はこの点において法令若は定款に違反しているものといわざるをえない。

(五)  本件新株発行によつて債権者が株主としてうける不利益について。

債権者が本件新株発行によつて株主として不利益をうける虞が存することは多言を要しない。債務者会社の株式の如きは極めて市場性乏しく、過半数株主たることによつて始めてその株式を保有する意義が存するものであるところ、債権者は本件新株発行によつて少数株主に転落するのであるからその蒙る損害は甚大である。

(六)  本件仮処分の必要性について。

以上のような次第であるから、債権者は、商法第二八〇条の一〇の規定に基づき新株発行差止の本訴を提起するべく準備中であるが、本件仮処分によつて事前に新株発行を差止めなければ、払込をした引受人は払込期日から株主となり債権者は右法条による保護をうけることができなくなるのであるから、本件申請に及んだのである。

三、債務者の答弁

(イ)  申請の趣旨に対し、債権者の申請を却下するとの裁判を求める。

(ロ)  申請の理由に対し、

(一)  債権者主張の(一)の事実は認める。

(二)  債権者が債務者会社の株主であることは否認する。

(1)  債権者主張の(二)の(1) の事実中、債権者がその主張の日時に東北肥料に対し債務者株式四万株を債権者主張の約定で譲渡したところ、昭和二十六年七月三十日、建設省は右契約を認可しなかつたこと、その後、右株式が債権者主張のように譲渡せられて名義書換を了したこと、(二)の(2) の事実中債務者会社の株主総会が昭和二十六年十一月二十七日、その取締役会が昭和二十七年三月五日、債権者主張のような決議をしたこと及び債権者主張の新株割当停止の仮処分決定のあつたことはいずれも認めるがその他の事実は否認する。

債権者は、その有する債務者会社株式四〇、〇〇〇株を昭和二六年三月一〇日の契約により東北肥料に譲渡するにつき、監督官庁の認可をうることができない場合には右契約を無効にするとの特約が附されていたと主張するけれども、実は、右株式四〇、〇〇〇株の譲渡についてはかかる認可を必要としなかつたものである。すなわち、右特約は、昭和一一年一二月一日内閣東発甲第二四号東北興業株式会社業務に関する命令書第九条に「東北興業株式会社他の会社の株式若は社債の引受又は買入を為さんとするときは内閣総理大臣の認可を受くべし、前項の株式又は社債の処分を為さんとするとき亦同じ。」とあるのに基づき、右株式が「前項の株式」に該当するものとしてなされたものであると思料せられるのであるが、債権者は、前記債務者会社株式を債権者において引受又は買入をなすについて内閣総理大臣の認可をうけたことを主張立証していないのであるから、これを東北肥料に処分するについても内閣総理大臣の認可をうけることを必要としなかつたものというべきである。そうだとすれば前記特約は全く無意味となり、前記譲渡契約は完全に有効となるわけである。

(2)  仮に右主張が理由ないとしても監督官庁たる建設大臣が債権者を監督するのは債権者会社が国策会社であつて債権者会社の運営が国策の線から逸脱しないように監督する公益上の必要が存するからである。しかるに、債権者会社と東北肥料間の前記債務者会社株式譲渡契約を不認可とし右株式を債権者会社において引つづき保有することが債権者会社の目的とする東北地方振興の為に役立つという国家的理由は一も存しない。却つて債務者会社の工場は東北肥料の工場敷地の一隅に存しその製品は悉く東北肥料に買取つてもらつている上、施設技術等種々の面において東北肥料に依存しているのであつて、債務者会社に融資している金融機関においても、債務者会社が東北肥料と合併することを要望しているような実情にあり、この経済上の合理化を図る為に合併の前提として債権者の持株四万株を処分する契約がなされたのである。債権者としても、この契約の認可申請が却下されることは夢想だにしなかつたところである。結局債権者会社の監督官庁たる建設省が前記株式譲渡契約を認可しなかつたことについては、何ら合理的理由のみるべきものはなく、単に、債権者会社が予め監督官庁の内意を聞かず前記譲渡契約をなしたことや債権者会社の運営方針に対する担当係官の不満がその大なる要因をなしていたにすぎず、監督官庁の右不認可処分そのものが違法無効のものであつたという外はないのである。然らば、右不認可処分が適法有効なものであつたことを前提とし、該処分のなされたことによつて、別紙目録株式の株主権が債権者に復帰したものとする債権者の主張は理由がないのである。

仮に、前記特約により右株式の株主権が債権者に帰属したものとしても、その後東北肥料から順次右株式の各一部を譲り受けた東肥産業等申請外人等はいずれも善意の取得者であるから、債権者は右株主権を以て債務者に対抗し得ないこと明かである。

(3)  このようにみてくると、債権者は別紙目録記載の債務者会社株式四〇、〇〇〇株について株主権を有せず、従つて、また、右株式に基づく八〇、〇〇〇株の新株割当請求権をも有しないものというべきであつて、本件仮処分申請は既にこの点において失当である。

(三)  本件新株発行が、著しく不公正な方法によるものであることは否認する。

(1)  債権者主張の(三)、(四)の(1) の事実、(四)の(2) の中債権者がその主張の控訴を提起したこと、(四)の(3) 中債務者会社の取締役会が昭和三〇年二月二十五日、新株を発行すること、その中一一、一二〇株につき債権者主張のような縁故割当をすることを決議したことは認めるが、その他の(三)以下の債権者主張事実はいずれも否認する。

本件新株発行は、債権者が主張するように債務者会社株主総会における東北肥料系株主の過半数獲得を目的としたものではない。すなわち、現在、東北肥料系株主は債務者会社の発行済株式の総数一六五、六〇〇株中債権者会社系の株主塩島礼三、金子千尋の所有株式合計八〇〇株を除く爾余の株式全部を有するものであるが、仮に前記東京地方裁判所の判決が確定し債権者会社に四〇、〇〇〇株の返還を命ぜられたとしても差引残株数は一二四、八〇〇株となるに対し、債権者会社系の株式は、右判決の確定後においても、右四〇、〇〇〇株及び塩島金子両名の八〇〇株並に右判決によつて新株発行手続を債権者のために続行すべきことを命ぜられた七二、〇〇〇株の合計一一二、八〇〇株に過ぎないから、過半数株主たる地位を有しているのは債権者会社系株主に非ずして東北肥料系の株主なのである。更に一歩を譲つて、右判決に対する債権者の控訴がその主張のとおり認められ、八〇、〇〇〇株について新株発行手続の続行が命ぜられたとしても債権者会社系の株式は一二〇、八〇〇株となるにすぎないから、前述の地位は依然として転倒することがない。

(2)  本件新株発行において債務者会社が六〇、八〇〇株を発行することとした計算の基礎はつぎのとおりである。

現在債務者会社の発行する株式の総数は三二〇、〇〇〇株であるところ、発行済株式の総数一六五、六〇〇株及び前記東京地方裁判所判決において割当を命ぜられた株式七二、〇〇〇株を差し引くときはその発行余力は八二、四〇〇株となる。今回右発行余力一杯の新株発行をなすので旧株一株当りの割当比率を計算すれば、

82,400株÷(165,600株+72,000株)= 0.34

である。そこで割当株数は、

(イ)  165,600株×0.3 = 49,680株

(ロ)   72,000株×0.3 = 21,600株 (今回は発行を留保する。)

(ハ)  縁故割当     11,120株 (残り全部で約〇・〇四の割合となる。)

右のうち、今回発行可能の株数は右(イ)四九、六八〇株と(ロ)一一、一二〇株の合計六〇、八〇〇株となるのである。

(3)  なお、本件新株発行によつても、東北肥料系株主は債権者会社系株主に対し右(1) に述べた以上の有利な地位、例えば、総会における三分の二の多数を占めることにもならない。すなわち、縁故割当株式を全部債権者系以外の者に与えても、東北肥料系株主は単なる過半数株主たるにすぎず、特別決議に必要な三分の二の多数を獲得しうるものではない。このように、本件新株発行によつて株主総会における勢力の均衡の面において全く変更がないのであるから、本件新株発行をもつて著しく不公正な株式の発行であるというのは当らない。

(四) 本件新株発行をするに至つた債務者会社の実情。

終戦後現在までの間に我国の株式会社は概ねその資本を五、六倍から一〇倍位甚しきは一〇〇倍にも増加したのであるが、債務者会社は昭和二七年五月従来の資本金四〇〇万円を三倍に増資したにすぎず、それも債権者会社の仮処分によつて七二、〇〇〇株分三六〇万円の割当発行が留保せられたまま資金化せず、今回の新株発行によつても右留保中の七二、〇〇〇株に対し割当てるべき新株二一、六〇〇株は前述の通りこれ亦留保されることとなる。しかも本件新株発行により授権資本の枠一杯を満たすことになるので、今後の新株発行は定款変更を俟つ外はないが、債権者会社との別件係争問題の解決がなされない限り定款変更は当分の間望むべくもなく、債務者会社には新株発行による資金調達の途が事実上鎖されているのである。

しかるに債務者会社は、操業開始以来莫大な長期借入金を工場設備に注入し来つたが、前述のような過少資本である関係上、この長期債の返済をすることができず、現に日本開発銀行からの借入残額は一、二五〇万円に及んでおり、既にその弁済期到来後二年余を経過しているのである。本件新株発行は専ら日本開発銀行からの要求にもとづき、新株発行によつて調達した資金をもつて同行からの負債の一部の弁済に充当しようとするものに外ならない。そうでなければ、債務者会社は今後同銀行から長期資金借入を拒否せられる虞が存するのである。これを要するに本件新株発行は、債務者会社の経済上の必要に発したものであつて、債権者の主張するような意図を包蔵しているものではないのである。

四、証拠〈省略〉

理由

一、債務者会社が債権者主張のような株式会社であること、債務者会社が、昭和三〇年二月二五日、取締役会において債権者主張のような新株発行の決議をし、これに基づき目下新株発行の手続中であることは債務者の争わないところである。

二、債権者は、債務者会社の一二万株の株主であると主張し、債務者においてこれを争うから、先づこの点について判断する。債権者がもと債務者会社の四万株の株主であつたところ、昭和二十六年三月十日右株式を東北肥料に譲渡して株券を引渡したこと、右譲渡契約には債権者会社の監督官庁たる建設省の認可を得ることができないときは無効とする旨の特約がなされていたこと及び建設省は同年七月三十日、右譲渡の認可申請を却下したことはいずれも当事者間に争がない。

債務者は本件のような株式の譲渡については本来監督官庁の認可を必要としないものであるから、右の却下があつたからとて株式譲渡の効力に消長を及ぼすべき限りではないと主張する。成立に争のない甲第十九号証の二(東北興業株式会社業務監督に関する命令書)によれば、その第九条に「東北興業株式会社他の会社の株式若は社債の引受又は買入をなさんとするときは内閣総理大臣の認可を受くべし。前項の株式又は社債の処分を為さんとするとき亦同じ。」と規定してあるが、右は債権者がいわゆる国策会社として東北地方の振興を図ることを目的として設立せられたところから、右目的に反する事業の経営をすることのないように政府において監督の実を挙げる為に設けられたものに過ぎない。従つて、その第二項は株式等の処分についてはその株式の引受又は取得に当り政府の認可を得たものであると否とを問はず、いやしくも債権者の所有に属するものである限り一切政府の監督に服させることを規定したものと解するのを相当とするから、債権者が本件株式を引受又は取得するに当り政府の認可を受けたかどうかを審究するまでもなく債務者の主張は失当である。

次に、債務者は仮に右主張が容れられないとしても、建設省は国策会社たる債権者の本件株式譲渡が国策の線より逸脱するかどうかという公益的見地から認可すべきか否かを決すべきであるにも拘らず、この点につき考慮を払うことなく、むしろ公益を無視し恣意に基づき不認可の挙にでたものであるから、この行政行為は無効であると主張するけれども、右の事実を認めるに足る立証はない。

かえつて、成立に争のない甲第十九号証の一、三によれば、債権者は東北地方の振興を図る為同地方における殖産興業に関する事業を営むことを目的として設立せられ、該地方の各種会社に対する投資が重要な営業種目となつていたところ、とかく業績挙らず、欠損を続けてきたこと、然るに、終戦後は政府においてこれを補償するの途もなくなつたので、監督官庁たる建設省は昭和二十四年頃より再三債権者に対し経営を刷新してその経済的基礎を確立するよう警告を発したのであるが、債権者に単にその持株を売却して人件費に充当するというような安易な方法により当面を糊塗することに流れて抜本的方策を講ずることもしない実情であつたので、建設省は債権者が投資率の高い而も有望会社の株式を処分するについては特に慎重を期して検討の末認可すべきか否かを決してきたことが認められる。尤も、債権者がその持株を処分した本件以外の場合は殆んど認可を受けていることも亦前記証拠により明かであつて、本件についてのみ異別の取扱がなされた合理的理由を認めるに足る資料はない。然し、建設省が本件認可申請を却下したことにつき、裁量権行使の違法があつたとしても、この程度の瑕疵は重大かつ明白なものには該当しないから、取消事由となるのは格別、行政行為の無効を来すべきものでないこと明かである。従つて債務者のこの主張も亦失当である。

従つて、建設省の前記認可申請の却下により、債権者は特約により別紙目録記載の四万株の株主権を回復したものといわねばならない。

もつとも、その後、債務者より申請外人等に対し債権者主張のとおり右株式につき譲渡がなされ、その旨の名義書換が了せられていることは当事者間に争なく、(債権者は右各譲渡は通謀してなした仮装行為であると主張するけれども、この事実を認めるに足る証拠は存しない)債務者は申請外人等は善意の取得者であるからその株主権を取得したものであつて、債権者において右株主権を主張し得べき限りではないと言うけれども、成立に争のない甲第十九号証の二、三によれば、右申請外人等が悪意の取得者であつて、債務者が右各譲渡に副う株式の名義書換をするに当つて各譲受人が株主権を取得したものでないことを知悉していたことが明かであるから、債権者は右株式につき債務者の株主名簿に株主として記載されていないけれども、右株主権を以て債務者に対抗し得るものといわねばならない。

三、なお、債権者は、右に認定した四万株のほか債務者会社株式八万株を有する旨主張し、その理由として、昭和二七年三月五日の債務者会社取締役会においてなされた新株発行の決議により別紙目録の株式四万株に対し八万株の新株が割り当てられた旨述べているが、単に新株割当請求権を有するからといつて、かかる権利者の地位を以てただちに株主たる地位と同視することができないことはいうまでもないから、債権者が右八万株につき債務者会社に対抗しうる株主であるということはできない。

四、進んで、本件新株発行につき、商法第二八〇条の一〇所定の差止事由ありや否やについて案ずるに、成立に争ない甲第三号証に弁論の全趣旨を参酌して考えれば、債務者会社は本件新株発行にあたり、発行新株式中四九、六八〇株は昭和三〇年三月三一日午後四時現在の株主名簿上の株主に対しその所有株式一株に対し〇・三株の割合をもつて割り当て残余の一一、一二〇株は定款第七条第二項所定の者に割り当てる旨取締役会において決議し、これに基づき爾後の手続を進めていることが疏明される。しかしながら別紙目録記載の株式四〇、〇〇〇株については、債権者が債務者会社に対抗しうべき株主であることは前認定のとおりであり、成立に争ない甲第四号証によれば債務者会社定款第七条第一項においては、株主は未発行株式につき新株引受権を有する旨明確に規定してあるのであるから、債務者会社が右四〇、〇〇〇株について前述のとおり株主名簿上の株主に対し新株式を割り当てていることは、まさに定款上の新株引受権者を無視するものであり定款に違反した新株発行であるという外はない。

五、而して、本件の弁論の全趣旨に徴して明白なとおり、債権者会社は、債務者会社の株主総会において、東北肥料系株主と互に過半数を占めるべく争つているのであり、その勝敗の帰趨は現在なお別件訴訟(東京地方裁判所昭和二七年(ワ)第七六〇三号事件に対する上訴審)の結果に繋つているのであるから、本件新株発行において、債権者が別紙目録記載の四万株の株式について割り当てらるべき新株引受請求権を無視せられるならば、債権者が右株式の株主として多大の不利益を蒙るべきことは多言を要しない。

六、本件仮処分の必要性について。

以上のような次第であるから、債権者は債務者会社に対し商法第二八〇条の一〇の規定に基づき本件新株発行の差止を請求しうべきであるが、本件新株の払込期日は前認定のとおり昭和三〇年五月一二日と定められており、到底同日前に本案訴訟によるその差止を期待することができないばかりでなく、万一右払込期日を経過するときは、本件新株はその発行をおわり、債権者としては別訴による外はないのであるから、本件仮処分によつて仮にその発行を差止める必要があると考えられる。

七、よつて、爾後の点について判断するまでもなく、債権者が債務者に対しこの裁判言渡の日から三日内に一〇〇万円の保証をたてることを条件として本件仮処分申請を認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条の規定を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 岡部行男 太田夏生 宮本聖司)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例